もう13年が経過しましたが、阪神淡路大震災は一生忘れる事のできない、いや忘れてはいけない経験です。

私は平成5年の7月にこの歯科医院を開業しましたので、開業後1年半で被災したことになります。診療所は全壊し、取り壊しとなりました。使えそうな 医療器具を搬出して倉庫に預け、開業時の借金は返済を待ってもらい、鹿の子台という所にできた大型仮設住宅の中で、神戸市歯科医師会の事業として巡回歯科 診療を一年余り行った後、元の場所に再開業しました。

・・・と簡単に書きましたが、我ながらこんな状況をよく乗り越えて再開業までたどり着いたなと思います。
この時の気持ちを全部整理して震災記を書くのは少し難しそうなので、当時の記事を紹介します。私もこの二つの記事をもう一度読み返して、色々思い出していこうと思います。

一つ目は平成8年7月25日付の保険医協会の新聞記事です。(もう私は保険医協会は退会してしまいましたが・・・保険医協会さん、掲載して頂いたお陰で私の手元に記録が残ってます。有難うございました。)震災から500日目に、元の場所に再開業した時の記事です。
再開業の際の借金でダブルローンが始まるのと、患者さんが来てくれるかどうかの心配も重なって写真の顔がやや緊張気味。

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二つ目は震災から一年後の平成8年1月17日に兵庫県歯科医師会が発行した、「大震災と歯科医療」という冊子です。
仮設住宅内での巡回診療という、同業でも珍しい体験をした者として、3頁ほど経過を紹介させてもらってます。
2頁目のヘルメットを被ってお昼ご飯のおにぎりを食べているのは、震災後2日目の私です。この後壊れた診療所の中に突入し、余震と闘いつつ使えそうな医療機器を外へ持ち出していきました。我ながら命知らずだったなあ。

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どちらも文章にも若さ、未熟さが残っていますがその辺はご愛嬌で。

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武藏 泰弘
武藏 泰弘
むさし歯科医院 院長